この記事は、家庭菜園を始めたきっかけの記録です。
南関東(Zone9)での実測・観察として、
家庭菜園の継続は「明確な理由より、小さなきっかけ」で始まりました。
■この記事の献立
場所:畑の余白
季節:2025年5月
気温:21℃(69.8℉)
作物:―
作業:観察・振り返り
背景:ライブハウスでよく聞かれる質問をきっかけに、家庭菜園の原点を整理
■材料
写真:初夏の様子
メモ:特別な準備はなく、記憶と現場の風景から振り返る
■畑のきっかけ
最近、ライブハウスに行くと、よく聞かれることがある。
「いつから?」
「なんで?」
音楽の話ではない。
野菜作りの話だ。
その場では軽く答えることが多いけれど、改めて考えると、きっかけは何だったろうか。
始めたのは、もう20年くらい前になる。
理由は一つで、鎌倉市の農業体験のような、家族向けのイベントに参加したことだった。
畑に触れたのは、それが最初だったと思う。
大根コンテストで優勝した。(運が良かっただけと気づくまでに時間はかからなかった)
当時は、土のことも、季節の流れも、ほとんど知らなかった。
今も、わからないから面白いといったところだろうか。
ただ、土に触れて、何かを植えて、少し時間が経つ。
その単純な流れに、没頭していた。
南関東(Zone9)の5月は、気温21℃(69.8℉)。
今なら、この温度帯での土の乾き方や、作物の動きが少し想像できる。
けれど当時は、ただ「変わる」ということだけを見ていた。
市民農園、住宅跡地、土手。
場所は変わってきたけれど、やっていることはあまり変わらない。
土を見て、触って、少し考える。
没頭する。
家庭菜園は、効率で考えるものではないと思う。
コストだけを見れば、八百屋に行くのが一番早い。
それでも畑に立つのは、理由というよりも、きっかけの積み重ねに近い。
ロックよりに説明すると初期衝動の連続とでも表現しようか。
きっかけは、案外限られているものだと思う。
その中で、自分で選んで始めればいい。
百均で器を買ってくるのもいい。
栽培キットから始めてもいいだろう。
シェア畑のような仕組みも、その一つだと感じている。
今の自分なら選ばないかもしれない。
ただ、最初の一歩としては、よくできている。
きっかけを買う、という考え方もある。






20年前の自分は、そういう言葉を持っていなかった。
ただ、目の前の土に触れていた。
今も、その延長にいるだけだと思う。
ギターをぶら下げて、マイクスタンドの前に立つ。

“なんで?”って聞かれると困るよね

初期衝動?
I often get asked,
“When did you start?”
“Why did you start?”
The truth is, I don’t know why.
It started about 20 years ago, from a small farming event in Kamakura.
In Zone 9, gardening is not about efficiency.
It’s more like a series of impulses — something you choose, and then just keep doing.
I’m still on that same path.
Standing there, with soil on my hands — and sometimes, with a guitar.


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